入沢について2

入沢コーチ

空衣コーチングでは、国際コーチング連盟が提唱するスタイルに準拠し、コーチングサービスを提供します。コーチングというサービスを考え出した人は、トマス・レナードという元ファイナンシャルプランナーだったそうです。お金の相談よりも、仕事や人生についての相談を受けることが多くなったことによるとか。彼の書籍としては画像ものしか出版されていません。日本語で読んでしっくりこないところは英文で読むつもりでいます。訳者もそうすることを勧めています。読み終わりましたら、書籍紹介したいと思います。コーチング自体の大まかな理解は、クライアントとなる際に役立ちますので。

わたくし入沢としては、コーチングというサービスとその理論は、マズローが命名した「第三の勢力」に分類されるのではないかと予想しています。人間性心理学です。従いまして、アドラーやフランクルの文献も集めております。経営学とも通じているので、ドラッカーの著書も同様です。

コーチングというサービスや文化は、日本ではまだまだ認知されていない分野です。アメリカ人の発想であって日本人には不向きなのかどうか、については、文化的影響や背景を考えてみたい。大学生の時に読んでいなかったルース・ベネティクトの「菊と刀」は、訳されたものを読むのではなく、やはり英語の原文から読んだ方が、文化の壁がより分かるかもしれない、と目論んで本は買ってあります。

何しろ、わたくしの人生が終わりを迎えるまでには、せっせと買い集めてある本はすべて読んでしまいたいので、毎週歩いていた高尾山にも行かなくなりました。

入沢が若い頃に関心を持っていた西洋哲学の古典については、可能な限り原典にあたりつつ読み進めたいと今でも思っています。衝撃的な理解の閃きは、たった一行の文章からもたらされますので、その歩みは遅々とすることでしょう。

自己啓発本が売れ続けるのは、人が社会人として働き出すと、いろいろな失敗や不運、お金の苦労、人の苦労に見舞われるから。これらをどう乗り越えて行けばいいのか、そんな切実な問いによります。それにしてもあまり学問的ではないこれらの書物にも、面白いアイディアがあるものです。それらは想像力、イメージに関わっています。有名な本は、読み終わりましたら、入沢の要約をブログ記事にする予定です。

現状入沢の理解としては、思考や無意識が、難問や人生の壁を乗り越えさせてくれるのではなくて、思考や無意識は形式、枠組みに過ぎないということです。要はあなたが、どのように考えていて、表現に矛盾をはらんでいますが、無意識的にはどう思っているのか、そこにかかっています。考えている、思っている、の部分に焦点を当てる必要はありません。内容・中身にこそが、あなたらしさが宿っています。

引き寄せている、というと表現が、引力や重力と類似であるから科学的であると書かれたり、願いや望みが、その欠乏を前提としているとき、引き寄せが上手く機能しないなどと書かれたりもしています。しかし、人生の真実からすれば、目標や手に入れたいもの、望ましい人間関係に向けて、日々歩みつづけるのであって、私が精進してそこに向かってゆく、と表現した方が、真面目で、真実ではないでしょうか。

それだと、力みがあって、長続きしない、私が私がと自己主張が強すぎる、ということなのか。であれば日本人の古い考え方、修行、精進、道、と言った思想の方が個人主義だったのか、という問題意識。いやいや確かに、みなさま(環境)のおかげ、関係者の助けがあったこと、は忘れてはならないことで、そういった経緯を、まるで引き寄せられたような感覚と表現している、としたら、謙虚な姿勢、むしろ東洋的な発想とも言えそうです。

社会人としての不安や恐怖の痕跡を消すためのイメージ作りという意味では、思考や無意識、引き寄せ、といったキーワードは、大変よく出来ているのかも知れません。しかし問題の核心は常にあなたの本心、実は自分の本心でさえもはっきりしない場合があること、そして原因と結果の因果関係について、これを客観的であるとする主張が自己啓発本には溢れていますが、カント哲学によれば、因果関係は客観的に認識されるものではなく、人間の側で主観的形式として当てはめている、ものの見方、そういうメガネであるらしいのです。であるとすれば、最終的な責任は、あなたにかかっているということになるでしょう。

そして、あなたについて、探索するお手伝いをする、それがコーチングなのです。

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